「サントリー(SUNTORY)」という名前を聞けば、ウイスキーやビール、天然水、清涼飲料などを思い浮かべる人は多いでしょう。現在では日本を代表する飲料・酒類ブランドの一つとなったサントリーですが、実「サントリー」という名前は、創業時から使われていた社名ではありません。そのルーツをたどると、明治時代に発売された一つのワインと、創業者・鳥井信治郎(とりい しんじろう)の名前に行き着きます。
「サントリー」の「サン」は太陽、そして「トリー」は創業者の姓「鳥井(トリイ)」。
しかも、その「太陽」は、サントリーの歴史を大きく変えた大ヒット商品「赤玉ポートワイン」と深い関係があります。今回は、サントリーの社名・ブランド名の由来を中心に、1899年の創業から「赤玉ポートワイン」、国産ウイスキーへの挑戦、「寿屋」から「サントリー」への社名変更、そして現在のサントリーホールディングスに至るまでの歴史を紹介します。
サントリーの社名の由来は「SUN(太陽)」+「鳥井(トリイ)」
サントリーというブランド名は、一般に、「SUN(太陽)」+「鳥井(トリイ)」=SUNTORY(サントリー)という組み合わせから生まれたとされています。ここでいう「太陽」は、単に明るさや未来を象徴する言葉として選ばれたものではありません。その背景にあるのが、1907年(明治40年)に発売された「赤玉ポートワイン」です。サントリー公式サイトによると、「赤玉ポートワイン」の「赤い玉」は太陽を意味しており、創業者・鳥井信治郎が「日本人のための葡萄酒」という強い思いを込めて名付けた商品でした。
この「赤玉=太陽(SUN)」と、創業者の姓である「鳥井(トリイ)」を結びつけたものが「サントリー」です。ブランド名の由来を紹介する資料でも、「赤玉」の太陽を表す「サン」と鳥井信治郎の「トリイ」を組み合わせた名称と説明されています。
つまり、サントリーという名前には、
サントリー=赤玉の太陽「SUN」+創業者「鳥井」
という、会社の原点そのものが刻み込まれているのです。
サントリーの歴史は1899年、大阪の「鳥井商店」から始まった

サントリーの歴史が始まったのは、1899年(明治32年)。当時20歳だった鳥井信治郎が、大阪市西区に「鳥井商店」を開業し、ぶどう酒の製造・販売を始めました。現在のサントリーも1899年を創業年としています。しかし、当時の日本では現在のようにワインを食事とともに楽しむ文化はほとんど定着していませんでした。サントリーの公式資料では、1899年当時の日本について「葡萄酒=薬用」という認識が強かった時代だったと説明されています。鳥井信治郎は洋酒文化に魅力を感じ、日本にワインを広めようと試みますが、当初扱ったワインは思うように売れませんでした。
そこで信治郎が考えたのが、
「外国のものをそのまま売るのではなく、日本人の味覚に合うワインをつくる」
という発想でした。
この考え方は、後のサントリーのウイスキーづくりにもつながっていきます。
1907年、「赤玉ポートワイン」が誕生

試行錯誤の末、鳥井信治郎が1907年(明治40年)4月1日に発売したのが、甘味葡萄酒の「赤玉ポートワイン」です。当時の日本人にも受け入れられやすいよう、アルコールの刺激を抑え、甘味と酸味のバランスを調整。さらに鳥井信治郎は味だけでなく、鮮やかな色にも強くこだわったとされています。そして商品名に採用されたのが「赤玉」です。この赤い玉が意味していたのが太陽でした。
サントリー公式サイトでも、
「赤い玉は太陽」
という由来が紹介されています。赤玉ポートワインは大きなヒット商品となり、後のサントリーの事業を支える重要な存在になりました。現在では名称が「赤玉スイートワイン」に変更されていますが、その歴史は100年以上に及びます。名称が「赤玉スイートワイン」へ変更されたのは1973年です。
赤玉ポートワインの成功が国産ウイスキーへの挑戦につながった
赤玉ポートワインの成功によって事業基盤を築いた鳥井信治郎は、さらに大きな夢へと挑戦します。それが、「日本人の手で、本格的なウイスキーをつくる」という挑戦でした。1921年には「株式会社寿屋」を設立。そして1923年、京都郊外の山崎で、日本初のモルトウイスキー蒸溜所となる山崎蒸溜所の建設に着手します。翌1924年に蒸溜所が竣工し、日本における本格ウイスキーづくりが本格的に始まりました。
当時、国内に確立された本格ウイスキー市場があるわけではありません。設備への多額の投資だけでなく、ウイスキーは原酒を何年も熟成させなければならず、商品を販売できるようになるまで長期間資金を回収できない事業です。
それでも鳥井信治郎は挑戦を続けました。
サントリーが創業者から受け継いでいることで知られる「やってみなはれ」の精神を象徴する出来事の一つといえるでしょう。サントリー自身も、鳥井信治郎の新しい分野への挑戦精神を「やってみなはれ」という言葉とともに企業DNAとして紹介しています。
1929年、「サントリー」という名前がウイスキーに登場

そして1929年(昭和4年)。山崎で原酒を仕込んでから約5年を経て、国産本格ウイスキーとして発売されたのが、「サントリーウイスキー白札」でした。ここで、後に会社そのものの名前となる「サントリー」がブランド名として登場します。そのネーミングに使われたのが、赤玉ポートワインを象徴する「太陽=SUN」と、創業者「鳥井=トリイ」でした。
整理すると、
赤玉ポートワイン
↓
赤玉=太陽
↓
太陽=SUN(サン)
+
鳥井信治郎=鳥井(トリイ)
↓
「サントリー」
という流れです。現在では世界的にも知られる「SUNTORY」という名前ですが、その原点には、サントリーの最初の大ヒット商品と、創業者自身の名前が隠されていました。
最初の「サントリーウイスキー白札」は成功ばかりではなかった
現在、「山崎」「響」「白州」など世界的に知られるウイスキーを展開するサントリーですが、最初からウイスキー事業が順調だったわけではありません。1929年に発売された「サントリーウイスキー白札」は、当時の日本人には独特のスモーキーな香りが強く感じられ、期待したほど販売が伸びませんでした。サントリーの公式100周年史でも、発売後に「こげくさい」と評され、売上が好転せず、1931年には資金繰りの問題から仕込みを止めざるを得ないほど厳しい時期があったことが紹介されています。
それでもウイスキーづくりを諦めることはありませんでした。1937年には「サントリーウイスキー角瓶」を発売。日本人の味覚に合うウイスキーを追求した角瓶は成功を収め、サントリーのウイスキー事業が成長していく大きな転機となります。
「外国の商品をそのまま日本へ持ち込むのではなく、日本人に合った味をつくる」。
これは赤玉ポートワインからウイスキーへと一貫していた、鳥井信治郎のものづくりの考え方でもありました。
「サントリー」は商品名から会社名へ

興味深いのは、「サントリー」という名前が誕生した1929年の時点では、会社名はまだ「株式会社寿屋」だったということです。1921年に設立された株式会社寿屋は、その後ウイスキーをはじめとする洋酒事業を拡大。そして「サントリー」というブランドが広く知られるようになった後の1963年(昭和38年)、「寿屋」から「サントリー株式会社」へ社名を変更しました。
つまり、「サントリー」という名前の歴史は、
商品ブランドとして誕生
→ 約34年後に正式な会社名になる
という珍しい歩みをたどっています。
同じ1963年には「サントリービール」も発売され、サントリーはウイスキーだけではなく、ビールという新たな市場への挑戦を本格化させました。
2009年、サントリーホールディングス体制へ
さらに時代が進むと、サントリーという名前は企業グループ全体を表すブランドへと成長していきます。2009年4月、サントリーグループは純粋持株会社制へ移行しました。グループ全体の経営戦略やコーポレート機能を担う会社として現在のサントリーホールディングス株式会社(Suntory Holdings Limited)を中心とした体制が整備されました。
現在のサントリーホールディングス株式会社は2009年2月16日設立で、資本金は700億円。本社(大阪オフィス)を大阪市北区堂島浜に置いています。
2022年には国内酒類事業を統合した新「サントリー株式会社」が誕生
現在のサントリーグループを理解するうえでは、もう一つ押さえておきたい出来事があります。2022年7月1日、国内酒類事業を一元化するため、
- サントリーBWS株式会社
- サントリービール株式会社
- サントリースピリッツ株式会社
- サントリーワインインターナショナル株式会社
- サントリー酒類株式会社
を経営統合し、新たな「サントリー株式会社」が設立されました。
そのため現在は、
サントリーホールディングス株式会社
=グループ全体の経営戦略・コーポレート機能を担う持株会社
サントリー株式会社
=国内酒類事業を担う事業会社
という形になっています。「サントリー」という言葉は、企業グループ全体の呼称・ブランドであると同時に、現在では国内酒類事業会社の正式な社名としても使われています。
サントリーのロゴにも「水」という企業の原点が込められている
サントリーのブランドストーリーでもう一つ興味深いのが、現在につながるコーポレートロゴです。サントリーは2005年にロゴマークを刷新しました。その中心的なモチーフとなったのが、サントリーにとって重要な存在である「水」です。当時の公式CSR資料では、「SUNTORY」の文字そのものを、絶えず動き、止まることなく育ち、成長していく水のイメージとしてデザインしたと説明されています。色には、みずみずしい「ウォーターブルー」が採用されました。サントリーの企業史でも、「水のようにしなやかな企業」「水のように躍動し、立ち止まらず成長を続ける企業」という考え方が示されています。
社名のルーツにあるのは太陽。
現代のコーポレートブランドを象徴するのは水。
「太陽」と「水」という自然を象徴する二つの存在が、サントリーの長い歴史の中でブランドイメージにつながっている点も興味深いところです。
「サントリー」という名前には創業の歴史そのものが残っている
企業名の中には、創業者の名字をそのまま社名にした会社もあれば、事業内容や企業理念から生まれた会社もあります。サントリーの場合は少し特殊です。「鳥井」という創業者の名前だけではありません。その前に、会社を飛躍させた赤玉ポートワインがあり、その赤玉が表していた太陽がありました。
そして、「SUN」+「鳥井」を組み合わせて生まれた商品ブランドが、数十年後には会社そのものの名前になりました。言い換えれば「サントリー」という5文字には、
創業者、最初の成功商品、国産ウイスキーへの挑戦、そして企業の成長
という歴史が凝縮されているといえるでしょう。
サントリーホールディングス株式会社の会社概要
現在、サントリーグループの中核を担っているのがサントリーホールディングス株式会社です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | サントリーホールディングス株式会社 |
| 英文表記 | Suntory Holdings Limited |
| 創業 | 1899年 |
| 設立 | 2009年2月16日 |
| 本社(大阪オフィス) | 大阪府大阪市北区堂島浜2-1-40 |
| サントリーワールドヘッドクォーターズ | 東京都港区台場2-3-3 |
| 代表取締役会長・取締役会議長 | 佐治信忠 |
| 代表取締役社長 | 鳥井信宏 |
| 資本金 | 700億円 |
| 事業内容 | グループ全体の経営戦略の策定・推進、およびコーポレート機能 |
| グループ会社 | 259社(2025年12月31日現在) |
| 従業員数 | 41,628人(2025年12月31日現在) |
| 連結売上収益(酒税控除後) | 3兆701億円(2025年12月期) |
| 連結売上収益(酒税込み) | 3兆4,325億円(2025年12月期) |
| 連結営業利益 | 2,212億円(2025年12月期) |
サントリーホールディングスの公式企業概要および2025年12月期の業績資料で確認できる最新公表値です。
記事要約(Summary)
サントリーの社名の由来を時系列で整理すると、次のようになります。
- 1899年:鳥井信治郎が大阪で「鳥井商店」を創業
- 1907年:「赤玉ポートワイン」を発売。「赤玉」は太陽を意味する
- 1921年:「株式会社寿屋」を設立
- 1923年:山崎蒸溜所の建設に着手
- 1929年:「サントリーウイスキー白札」を発売。「サントリー」のブランド名が登場
- サントリーの名前の由来:「赤玉=太陽=SUN(サン)」+創業者「鳥井(トリイ)」
- 1937年:「サントリーウイスキー角瓶」を発売
- 1963年:「株式会社寿屋」から「サントリー株式会社」へ社名変更
- 2005年:「水」をモチーフにした現在につながるコーポレートロゴへ刷新
- 2009年:純粋持株会社制へ移行し、サントリーホールディングスを中心とするグループ体制へ
- 2022年:国内酒類事業を統合した新たな「サントリー株式会社」が発足
現在では世界規模の企業グループとなったサントリーですが、その名前の原点は、1907年に誕生した「赤玉ポートワイン」にあります。赤玉が表した「太陽(SUN)」と、創業者・鳥井信治郎の「鳥井(トリイ)」を組み合わせて生まれた「サントリー」。商品名として誕生した言葉が、やがて会社名となり、100年近くにわたって受け継がれる世界的なブランドへと成長しました。
普段何気なく目にする「SUNTORY」という名前には、日本に洋酒文化を根付かせようとした鳥井信治郎の挑戦と、サントリーの原点となった「赤玉」の歴史が今も残されているのです。
























