デバイスレベル温度制御により
マイクロ波振幅・位相ドリフトを大幅抑制
キュエル株式会社(以下、キュエル)と、大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の研究グループは、超伝導量子ビットの制御に用いるマイクロ波信号を長時間にわたり安定化できる量子ビット制御装置 「QuEL-1 SE」 を開発し、その性能を実験的に実証したことを発表しました。本研究では、位相同期回路(PLL)や増幅器、ミキサなどのアナログデバイスに対し、個別の温度制御機構(デバイスレベル温度制御) を導入。これにより、長時間運転時に問題となるマイクロ波信号の振幅・位相ドリフトを大幅に抑制しました。
24時間にわたり、合計15チャネルのマイクロ波出力を同時測定した結果、振幅の標準偏差は0.09〜0.22%(平均0.15%)、位相の標準偏差は0.35〜0.44°(平均0.39°)に抑えられることを確認。これらの変動が量子ゲートに与える影響は、量子誤り訂正で要求される典型的なフォールトトレラント閾値を十分下回ると推定されました。
本成果は、量子コンピュータの長時間安定運転および大規模化に向けた重要な基盤技術として期待されます。
量子コンピュータの性能を左右する「マイクロ波制御」の安定性
量子コンピュータでは、量子ビットの状態を操作するために高精度なマイクロ波信号制御が不可欠です。特に、超伝導量子ビットでは、マイクロ波の周波数・振幅・位相を精密に制御することが、量子ゲートの高忠実度化に直結します。一方で、実際の量子ビット制御装置では、PLL(位相同期回路)・増幅器・ミキサなどのアナログ回路が温度変化の影響を受けやすいという課題があります。これにより、時間の経過とともにマイクロ波信号の振幅や位相が変動し、量子ゲートの精度低下を招く可能性があります。
こうしたドリフトは、特に長時間にわたる量子計算や量子誤り訂正処理において無視できない問題であり、量子コンピュータの実用化に向けた大きな技術課題の一つとされてきました。
今回の技術的成果
QuEL-1 SEに「デバイスレベル温度制御機構」を導入
研究グループはこの課題に対し、量子ビット制御装置 「QuEL-1 SE」 において、各アナログデバイスの温度を個別に制御するデバイスレベル温度制御機構を実装しました。この機構では、温度変化に敏感な部品である以下のデバイスに対して、個別制御を行っています。
- 位相同期回路(PLL)
- 増幅器
- ミキサ
- その他の温度依存性を持つアナログ回路部品
具体的には、各部品に対してサーミスタによる温度検出とヒーターによる加熱制御を組み合わせたフィードバック制御を行うことで、周囲環境の温度変化に左右されにくい安定した動作を実現しました。これにより、装置全体ではなく、ドリフトの主要因となるデバイス単位で温度を最適化できる点が大きな特徴です。
実験内容
3台・15チャネルのマイクロ波出力を24時間連続測定
本研究では、3台のQuEL-1 SE装置から出力される合計15チャネルのマイクロ波信号を、1台のADC(アナログ・デジタル変換器)を用いて同時測定し、24時間にわたる振幅および位相の変動を評価しました。この実験により、量子コンピュータの長時間運転を想定した実使用環境に近い条件下で、制御装置の安定性を検証しています。
実験結果
振幅・位相の変動を大幅に抑制、量子ゲート誤差も極小レベルに
測定の結果、QuEL-1 SEは以下の高い安定性を示しました。
マイクロ波出力の安定性
- 振幅の標準偏差:0.09〜0.22%(平均0.15%)
- 位相の標準偏差:0.35〜0.44°(平均0.39°)
さらに、これらの値は温度制御を行わない場合と比較して1/2以下に抑えられており、デバイスレベル温度制御の有効性が明確に示されました。また、実験では約1時間周期の揺らぎも観測されましたが、これは実験室内の空調による温度変動と同期していることが確認されています。温度制御を導入した場合、この空調起因の周期変動が顕著に抑制されており、外部環境変動への耐性向上も示されました。
量子コンピュータへの意義
量子誤り訂正や大規模量子計算に向けた重要な基盤技術
今回の成果が特に重要なのは、単なる信号安定化にとどまらず、量子ゲート精度への影響が極めて小さいことです。研究グループの見積もりによれば、今回観測された安定性に基づく単一量子ビットゲートの誤差は以下の通りです。
- 振幅誤差によるゲートエラー:約2×10⁻⁶
- 位相誤差によるゲートエラー:約2×10⁻⁵
これらはいずれも、量子誤り訂正で一般に求められるフォールトトレラント閾値を十分に下回る水準であり、長時間にわたる量子計算やエラー訂正処理にも耐えうる制御性能であることを示しています。量子コンピュータの実用化に向けては、量子ビット数の増加だけでなく、制御装置そのものの安定性・再現性・長時間信頼性が不可欠です。今回のQuEL-1 SEの成果は、そうした要件に応えるものとして、今後の量子技術開発において大きな意味を持ちます。
今後の展望
長時間運転・多チャネル化・大規模量子システムへの展開に期待
量子コンピュータが今後、研究用途から実用用途へと進むためには、長時間連続運転と大規模量子ビット制御の両立が求められます。QuEL-1 SEが示した高安定なマイクロ波制御性能は、以下のような次世代量子システムへの応用が期待されます。
- 大規模な超伝導量子ビットアレイの制御
- 長時間の量子アルゴリズム実行
- 量子誤り訂正の連続動作
- 産業用途を見据えた量子制御プラットフォームの高信頼化
今後は、さらに多チャネル化・高集積化が進む量子制御環境において、高安定・高再現性の制御基盤としての展開が期待されます。
図の説明
図1:QuEL-1 SEの内部写真

QuEL-1 SEの内部には、アナログ回路部が搭載されており、写真右側に見える茶色の四角形部品がヒーターです。これらのヒーターが各デバイスの温度を安定的に維持する役割を果たしています。
図2:24時間測定における振幅・位相変動の比較

QuEL-1 SEのマイクロ波出力を24時間にわたって測定した結果を示したグラフです。青線が温度制御あり、赤線が温度制御なしの測定結果を表しており、温度制御によって振幅・位相の変動が明確に抑制されていることが確認できます。
論文情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文タイトル | Microwave Output Stabilization of a Qubit Controller via Device-Level Temperature Control |
| 著者 | Yoshinori Kurimoto, Dongjun Lee, Koichiro Ban, Shinichi Morisaka, Toshi Sumida, Hidehisa Shiomi, Yosuke Ito, Yuuya Sugita, Makoto Negoro, Ryutaro Ohira, Takefumi Miyoshi |
| 掲載誌 | Review of Scientific Instruments |
| 掲載日 | 2026年3月27日(日本時間) |
| DOI | https://doi.org/10.1063/5.0311173 |
研究支援
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
| 文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP) 「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用」 (課題番号:JPMXS0120319794) |
| 科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT) 量子ソフトウェア研究拠点 (課題番号:JPMJPF2014) |
| JST ムーンショット型研究開発事業 (課題番号:JPMJMS226A) |
お問い合わせ先
研究内容について
キュエル株式会社
| 担当 | お問い合わせ先 |
|---|---|
| ≪エンジニア≫ 栗本 佳典(くりもと よしのり) | E-mail:[email protected] |
| ≪リサーチサイエンティスト≫ 大平 龍太郎(おおひら りゅうたろう) | E-mail:[email protected] |
機関窓口
| 担当 | お問い合わせ先 |
|---|---|
| キュエル株式会社 広報担当 | E-mail:[email protected] |
| 大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(QIQB) 企画室 プレスリリース窓口 | E-mail:[email protected] |
記事要約(Summary)
キュエル株式会社と大阪大学QIQBの研究グループは、超伝導量子ビット制御に用いるマイクロ波信号を長時間安定化できる量子ビット制御装置 「QuEL-1 SE」 を開発し、その有効性を実証しました。本装置では、PLLや増幅器などのアナログデバイスごとに温度を制御するデバイスレベル温度制御を導入。24時間・15チャネルの同時測定において、振幅標準偏差平均0.15%、位相標準偏差平均0.39°という高い安定性を達成しました。
この性能は、量子誤り訂正で求められる閾値を十分に下回るレベルの低エラー性を示しており、量子コンピュータの長時間運転・大規模化・実用化を支える基盤技術として大きな意義を持ちます。
■プレスリリース配信元-キュエル株式会社
https://companydata.tsujigawa.com/company/1010401161265/























この記事へのコメントはありません。